江戸とカレンダー

いよいよ大晦日ですね!
眠い目をこすりながら深夜0時の除夜の鐘を待っております。

さて、江戸時代の大晦日はどうだったのでしょうか。日没が1日の終わり(翌日の始まり)であった江戸時代、大晦日の日没があけおめのタイミングでした。大晦日の夜にはお雑煮を食べ、今と同じように年越し蕎麦で〆ていたようです。
なお、江戸時代は旧暦なので、年末年始は現代のカレンダーでいうとだいたい1月末〜2月中旬です。

また、江戸時代は1ヶ月の日数を30日(大の月)または29日(小の月)としていました。
ただ、この30日と29日の繰り返しでは次第に季節とずれてきてしまいます。
そのため、数年に一度は閏月を設けて1年を13ヶ月としていました。
例えば、今から300年前の1721年(享保6年)は以下でした。
30日(大の月):2月、4月、5月、7月、8月、10月、12月
29日(小の月):1月、3月、6月、閏7月、9月、11月

ということで...
毎年、月の大小や閏月の有無がどうなるか知る必要があったのですが、どのような方法で確認していたのでしょうか。
平和で創造性豊かな江戸時代です。

大小暦クイズ | 日本の暦

このようなクイズ形式の大小暦が流行しました。年が明けると、今の年賀状のように、自作の大小暦カレンダーを贈り合っていたようです。

何もひねりはありませんが、僕も一つご紹介。

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EDO-OCRを実行すると、現代の小の月(30日)として
2月、4月、6月、9月、11月
が見えてくるはずです?

ちなみに、現代のカレンダーが使われるようになった明治6年以降は、「西向く士(サムライ)」(二四六九士)の語呂合わせで、小の月(30日)を覚えていたようです。

それでは、良いお年を!